PD-1/PD-L1タンパクタンパク相互作用阻害剤の特許を調べてみた

 この記事は 創薬 Advent Calendar 2017 - Adventar  (#souyakuac2017 hashtag on Twitter)の第23日目の記事です.

背景

 今年になって抗体以外のPD-1阻害剤のアプローチの特許が徐々に増えてきている様子なので,フリーで可能な範囲で少し調べてみた経緯を紹介します.元々のきっかけは先月末偶然見つけたIncyte社の特許US20170320875A1についてのやりとりです.

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 PD-1 (Programmed cell death-1)と言えば今や製薬業界では知らぬものはいないほど有名なターゲットで,PD-1またはそのリガンドPD-L1の抗体医薬は画期的新薬として期待と注目を集めています.なのですが,まず非常に高価であることから医療経済面の問題が指摘されています.PD-1抗体の場合,その画期的新薬加算に加えて抗体であるがゆえの高い製造原価が薬価に繋がっています (参考: ポエム: 新薬の薬価算定 – y__sama – Medium).もう一つ,服薬のし易さから考えると経口剤が望ましいのですが,抗体を含む高分子は経口剤としての開発は難しいと言われています.ではどうするか?最もシンプルなアイデアは「低分子でPD-1阻害剤を見つける」です.しかしこれも言うは易しで,タンパクタンパク相互作用を低分子で狙うのは一般的に難易度が高いことが知られています (もちろん幾つかの成功例はあります).抗体医薬のニボルマブ (オプジーボ)を持つブリストル・マイヤーズスクイブ (BMS社)も,製造承認を得た2014頃から非抗体の化合物としてマクロサイクル系化合物 (WO2014151634)や低分子化合物 (WO2015034820)を特許開示していました.しかし,某社との共同研究の成果で開発パイプラインに載った話や特許もどんどん出願している等の状況から,どちらかと言うとマクロサイクル系に力を入れているように (筆者には)見え,やはり「低分子は難しいのかな?」と感じていました.そのような背景で見つけたIncyte社特許.見たところBMS社の低分子化合物より分子量の低下に成功している様子です.では,実際のところIncyte社はいつぐらいから研究を始めているのか?BMS社の状況は?他に参入している会社はないのか?以上を特許から探ってみました.

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(BMS-M1: WO2014151634, Ex1173, Mw=1880, IC50=2.7 nM [HTRF])

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(BMS-1: WO2015034820, Ex202, Mw=419, IC50=18 nM [HTRF])

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(BMS-2: WO2015160641, Ex1305, Mw=603, IC50=0.92 nM [HTRF])

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(US20170320875A1 [Incyte-5, WO2017192961のファミリー特許], Ex2, Mw=306, IC50<100 nM [HTRF])


特許調査の流れ

 以下の手順でpatentscopeを用いてPCT特許を調査しました.

 1. BMS社のマクロサイクル系を含む非抗体PD-1化合物を検索
 2. Incyte社の化合物を検索
 3. 上記2社以外の化合物を検索

 細かい手順は割愛しますが,やはり3.の検索の際,フルテキストで"PD-1"を検索すると不要な特許が大量にヒットしてしまいます.そこで今回はヒット数が多くなった場合はFront Page内に"PD-1"を含む特許に限定し,その他,Front Pageにおいて "combination"や "biomarker", "imaging"と言った別の技術を指す単語もANDNOTで除き,BMS社が化合物開示を始めた2014年以降に限定する等で50件以内に絞りました.後はタイトル,Front Pageと最後に本文を見ながらチェックしていきました.

調査結果

特許番号 ID 出願人 代表実施例 活性値_nM Mw 化合物数 発明者数 開示日 1st_Priority_Data
WO2014151634 BMS-M1 BMS 1173 2.714 1880 >900 16 2014/9/25 2013/3/15
WO2015034820 BMS-1 BMS 202 18 419 ~300 2 2015/3/12 2013/9/4
WO2015160641 BMS-2 BMS 1305 0.92 603 ~400 12 2015/10/22 2014/4/14
WO2016039749 BMS-M2 BMS 10091 2.5 935 >1000 17 2016/3/17 2014/9/11
WO2016057624 BMS-M3 BMS 9007 5 970 ~200 5 2016/4/14 2015/10/10
WO2016077518 BMS-M4 BMS 11179 3 1348 ~400 12 2016/5/19 2014/11/14
WO2016100285 BMS-M5 BMS 3011 6.12 939 51 7 2016/6/23 2014/12/18
WO2016100608 BMS-M6 BMS 9002 4.13 953 31 7 2016/6/23 2014/12/19
WO2016126646 BMS-M7 BMS 1055 8 906 48 10 2016/8/11 2015/2/4
WO2016149351 BMS-M8 BMS 13093 8.17 956 40 6 2016/9/22 2015/3/18
WO2017066227 BMS-3 BMS 1058 0.48 752 ~700 15 2017/4/20 2015/10/15
WO2017070089 Incyte-1 Incyte 5 <100 359 27 7 2017/4/27 2015/10/19
WO2017087777 Incyte-2 Incyte 8 <10 358 40 3 2017/5/26 2015/11/19
WO2017106634 Incyte-3 Incyte 8 <10 372 49 4 2017/6/22 2015/11/17
WO2017112730 Incyte-4 Incyte 2 <10 389 21 3 2017/6/29 2015/12/22
WO2017118762 RG_1 フローニンゲン 60 <1-1000000 572 60 1 2017/7/13 2016/1/8
WO2017151830 BMS-M9 BMS 1403 7 1919 30 10 2017/9/8 2016/3/4
WO2017176608 BMS-M10 BMS 1001 4 981 38 10 2017/10/12 2016/4/5
WO2017192961 Incyte-5 Incyte 2 <100 306 40 3 2017/11/9 2016/5/6
WO2017202273 CAMC-1 中国医学科学院 20 2.48 621 28 10 2017/11/30 2016/5/23
WO2017202274 CAMC-2 中国医学科学院 4 0.0001 598 26 9 2017/11/30 2016/5/23
WO2017202275 CAMC-3 中国医学科学院 4 0.00001 647 16 10 2017/11/30 2016/5/23
WO2017202276 CAMC-4 中国医学科学院 8 10.2 575 17 11 2017/11/30 2016/5/23
WO2017205464 Incyte-6 Incyte 1 <100 405 55 4 2017/11/30 2016/5/26


 ...思ったより大変でした.代表実施例番号,活性値,分子量は活性値記載の中で最も高活性のものを選出してます.本当は大体の分子量など物性値の分布も示せれば良かったのですが,時間が足りませんでした (SureChemblからデータは落としたのでいつかやりたい).化合物数は生物活性テーブル記載の化合物から算出してますが,一部実施例番号が不連続な記載のものがあり概算値として見て下さい.

 さて,結果を見るとやはりBMS社が世界に先駆けて研究を進めており ,低分子化合物だけ見ても最も多くの化合物を開示しています (マクロサイクル系BMS-M1~BMS-M10の10報 + 低分子BMS-1~BMS-3の3報).最初の頃は分子量500を切る化合物も合成してます (BMS-1)が,その後を見ると比較的大きめの分子に注力しているようです (BMS-3).特許の報数だけ見ると低分子よりマクロサイクル系に力を入れているように見えますが,化合物数を見ると低分子もしっかり合成していますね.印象だけで判断せず実際に調べることが大切でした.BMS社に続いてIncyte社 (Incyte-1~Incyte-6の6報)が続いていますが,それ以外に中国医学科学院 (Chinese Academy of Medical Sciences)も参入していることが分かりました (CAMC-1~CAMC-4).

 少し構造式を見てみましょう.

BMS

 BMS社は一貫してビフェニル構造に置換アリールオキシメチル基を導入した誘導体を中心にしており,分子量は大きいものの非常に高活性を達成しています。

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(BMS-3: WO2017066227, Ex1058, Mw=752, IC50=0.48 nM [HTRF])


Incyte

 一方のIncyte社はビフェニル構造は共通しているもののそこに置換する部位が縮合アリール基やアミドを介したアリール基,ピペリジンなどになっています.正確な活性値は記載がないものの1 nMオーダーの化合物も見出しているようです.

 構造意外に目を引くのがIncyte社のPriority Dataです.BMS社の最初の低分子特許 (BMS-1)の開示が2015年3月なのに対して,Incyte-1のPriority Dataが2015年10月19日と約半年後で,もしBMS-1を見てスタートと考えると非常にスピード感ある研究体制が整っていることが推察されます.とは言え,Incyte社はPD-1抗体やその併用などの研究開発も進めており,その次の策として独自に低分子探索を既に始めていたとしても不思議ではありません (Incyte社パイプライン).構造式を見ると参考にしているようにも見えますが,低分子創薬研究では,以前から独自に進めていて構造活性相関 (SAR)がある程度取得できていた状況に他社から特許が公開され,その導入置換基やSARを参考にすることで活性がブーストされて一気に合成研究が加速されることがしばしばあります.この辺りは残念ながら表には出てこない情報ですが,導入されている置換基の傾向を見ることで類推することはできるでしょう.

 また,Incyte-1のPriority Dataから程なくBMS-2が開示になっております (2015/10/22).BMS-1でもそれなりの化合物数が記載されているので少し間を置いてくるかと思いきや,その半年後に続報が出たのですから,これにはIncyte社研究者も驚いたのではないかと想像します.その後Incyte社は短期間に計3報出願していますが,これはBMS-2を見て早急な対策を講じたのかもしれません.

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(Incyte-1: WO2017070089, Ex5, Mw=359, IC50<100 nM [HTRF])

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(Incyte-2: WO2017087777, Ex8, Mw=358, IC50<10 nM [HTRF])

f:id:rkakamilan:20171223185729p:plain:w180
(Incyte-3: WO2017106634, Ex8, Mw=372, IC50<10 nM [HTRF])

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(Incyte-6: WO2017205464, Ex1, Mw=405, IC50<100 nM [HTRF])

 非常に興味深いメディシナルケミストリーを展開しているIncyte社ですが,6報の特許で計11人の発明者がいます.その中で6報全てに名を連ねているのはLiangxing WuとWenqing Yaoの二人です.もう少し彼らについて調べてみます.両者ともPD-1の前はLSD1阻害剤 (WO2015123465 など)やFGFR阻害剤 (WO2014007951 など)を担当していたようです.これらのターゲットについてはIncyte社から論文は出ておりませんが,それぞれ開発パイプラインに入っており,両者が貢献している可能性があります.Wenqing Yaoはそれ以前からPI3K-deltaやc-Met,Pim,H4などの特許にも入っており,PI3K-deltaやc-Metでは臨床開発化合物の論文著者にも入っていました(PI3K-delta阻害剤INCB040093 ; c-Met阻害剤 INCB28060).それぞれのターゲットにおける関与の仕方は分かりませんが,これだけの臨床開発化合物に関与している研究者ですから,豊富な経験でPD-1の研究においても大きな貢献を果たしていそうです.もしこれでPD-1低分子阻害剤でも臨床まで辿り着いたとしたらもの凄いです.


中国医学科学院

 中国医学科学院はBMS同様アリールオキシメチル基が置換したビフェニル構造の化合物ですが,4報ともブロモ基を固定しています.下記には最も高活性でin vivoの試験例も記載されていた化合物を記載しておりますが,HTRFのbinding活性が10-13 Mとナノどころかピコオーダーも超えていると記載されてます.試験系が違うため単純にBMS社やIncyte社との比較はできませんが,これだけ活性が強いと四の五の言わずまずは実際に合成して確かめてみたくなってきます.

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(CAMC-2: WO2017202274, Ex4, Mw=598, IC50<10-13 M [HTRF])

 (フローニンゲン大学は活性値情報がほとんどなかったため割愛)

実際に調べてみて

 BMS社のみが特許を開示していた時は,「薬理的には興味深いターゲットだけど低分子ではまだ難しそう」と思っていましたがIncyte社の化合物を見ている限り,置換基や骨格の許容度もあり十分にチャレンジできそうです.もちろん低分子化すればそれで全てが解決するほど生命科学は単純ではなく,タイムラインでご指摘があったように,逆に選択性が落ちてオフターゲット作用に繋がる可能性もあります.In vitroで十分な活性を示してもIn vivoの薬効になぜか繋がらないこともしばしばあります.しかしこれだけ注目を集めるターゲットですから,近い将来に何らかの研究結果が表に出てくるはずです.今後参入してくる会社の可能性も含めてこれから数年間の動向が注目される状況と言えるでしょう.